今日もご来店頂きましてありがとうございます✨
神戸市 西区 西神南 伊川谷 北別府 の 美容室 hair make neo でございます😎😎
前回のパーマの歴史の続きですね👍
日本でパーマが営業に取り入れられた昭和5~6年頃から、昭和12年頃まで 確実に そして急速に普及していきました😁😁
雀の巣だとか言われたり、日本女性本来の良風美俗にはんするものだと言われたりと 非難を浴びながらも、
当時急成長していた職業婦人を中心として確実に普及していったんですね👌👌
これはパーマをかけた髪の毛は「自分の好きなように結べて乱れず、毎朝結髪に長い時間をかけずに済む」 という実用性が評価されたためと考えられます😉😉
その当時は東京市内の850軒の美容院で1200台以上のパーマの機械があり、それでもお客様の要望に追いつかなかったという事なので、
東京市内(当時は市)だけで1日5000人以上の人がパーマをかけたと想像されます😃😃
パーマの料金も昭和7年(1932年)に20円、
昭和10年(1935年)に10~15円、
昭和13年(1938年)に5~7円50銭と 急速に下がっていることも不機嫌のスピードの早さを物語っています😦😦
でも、このパーマの第1期黄金時代は急速に終了してしまったんです😵😵
それは
戦争
という大きな出来事のためです😢😢
続きます✨
神戸市 西区 西神南 伊川谷 北別府 の 美容室 hair make neo 店主🤡

